今回は口述審査で定番のテーマであるLost communication(ロスコム:通信機故障)時の対応についてです。
パイロットは常に管制官と無線電話を用いてコミュニケーションを取っています。
その通信手段の無線電話が何らかの理由で通じなくなってしまうことは非常に危険な状態なため法律で手順が決められています。
※なお、本記事では法令や規程の細かな規定・特殊ケースを網羅して記述しているわけではなく、実務上・口述対策上でベースとなる代表的な概要・大枠のケースに絞って整理しています。
目次
法的根拠:航空法施行規則第206条
航空法施行規則第206条が法的な根拠です。
法律ではロスコム時の気象状態、進入許可の有無によって対応が分かれます。
パイロットはこの規定された方法に従って飛行することが求められています。
①有視界気象状態(VMC)の場合
まず条文の第一項までを見てみましょう。
(通信機の故障の場合の航行)
航空法施行規則第206条(抜粋)航空機は、通信機の故障があつた場合において管制区、管制圏又は情報圏を航行しようとするときは、次に掲げる方法に従わなければならない。
一 有視界気象状態にある場合(次号から第四号までに規定する場合を除く。)は、有視界気象状態を維持して飛行を継続し、安全に着陸できると思われる最寄りの空港等に着陸し、かつ、その旨直ちに管制業務を行う機関に通報すること。
(第二項以下略)(航空法施行規則から抜粋・引用)
雲に入らず他機・障害物を目視で回避できる状況であれば、できるだけ早期に着陸して危険な状態を解消することが最優先されます。
②上記以外の場合(IMC、安全に最寄りに着陸できない等)
エアラインの運航において、一度も雲に入らず最寄り空港へ着陸できるケースは極めて稀です。
そのため基本的には以下の決まり(第二項以降)に従って飛行することになります。
1. 飛行ルート(どこを飛ぶか)
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承認を受けた飛行計画の航路(Cleared Route)を飛行する。
※故障時に管制指示で正規のルートから迂回・逸脱していた場合は、最寄りの位置通報点(または指定地点)で承認航路に復帰してその後は目的地上空まで承認を受けた航路を飛行する。
2. 高度と速度(どう飛ぶか)
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高度
「故障前の指示高度」と「最低高度(MEA等)」のいずれか高い方を国土交通大臣が定める時間まで飛行し、経過後は飛行計画の高度で目的地上空へ向かう。
(※着陸のための降下指示を受けていた場合はその指示高度を維持) -
速度
故障前の指示速度を国土交通大臣が定める時間まで飛行し、経過後は飛行計画による速度で目的地上空へ向かう。
💡 国土交通大臣が定める時間 = 7分間(Radar管制下の場合)
起算点は、以下のいずれか遅い方の時点から計測します。
SQUAWK 7600 を設定した時間
承認高度若しくは最低高度(MEA等)に到達した時間
※Non-Radarの場合は義務位置通報点で通報ができなかった時点から20分間
※なお、「国土交通大臣が定める時間(7分間 or 20分間)」についての具体的な数字は航空法施行規則の条文内には直接規定されておらず、AIP(航空路誌)のENRの章に具体的に規定されています。
3. 降下開始のタイミング(目的地上空到着後)
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すでに進入許可がある場合:速やかに降下・進入を開始。
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進入許可がない場合:以下の優先順位の時刻まで上空待機(Hold)した後に降下を開始し進入する。
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進入開始予定時刻を受領している
➔その時刻 -
目的地上空到着予定時刻を通報済み
➔その時刻(通報することはあまりない) -
その他
➔離陸時刻から飛行計画の所要時間(第16項)が経過した時刻
→ほとんどがこのケース。
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4. 目的地で待機を指示されていた場合
通信機故障前にすでに目的地で待機(Hold)指示を受けていた場合は、以下の時刻まで待機してから降下を開始する。
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進入予定時刻
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次の指示が出される予定時刻
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その他の場合は離陸時刻から飛行計画の所要時間(第16項)が経過した時刻
規程と実運航における4つの乖離と課題
①故障だけではない:ヒューマンエラーによるロスコム
ロスコムは無線の物理的な機材故障だけで起こるわけではありません。
実運航ではヒューマンエラーによる通信途絶が少なくなく、海外では重大インシデントやスクランブル発進に発展した事例も存在します。
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周波数設定・入力ミス
管制から移管される際、指示された周波数のセットを間違えてしまい、管制からの呼びかけに応答できなくなるケース。
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送信マイクの固着
PTT(送信スイッチ)が接触等で機械的に押しっぱなしになる現象です。
自機が受信不能になるだけでなく、その周波数全体が使用不可となり他機の通信まで阻害してしまい迷惑がかかります。 -
音量設定ミス・パイロットの疲労や居眠り
ヘッドホンの音量絞りすぎや、夜間長距離運航等におけるパイロットの居眠り・注意散漫によって管制からの通信に気づかないケース。
規定上のSQUAWK 7600設定や飛行方法の決められた手順は「通信機の物理的な故障」を前提として書かれていますが、その手順を行う前にまずは「自機の無線設定や状態に誤りがないか」をチェックすることが重要です。
②「VMCなら無条件で最寄りの空港に向かう」は本当に安全か?
例えば「羽田発 ➔ 福岡行き」の巡航中、関空上空でロスコムが発生したとします。快晴で関空が目視でき、VMCが維持できる状態です。
ルール通り最寄りの関空へ降りようとすると、管制官と意思疎通がないまま混雑空域(関空・神戸・伊丹周辺)へ突然突入することになり、かえって他機との衝突リスクが高まる可能性があります。
法律には「安全に着陸できると思われる最寄りの空港」とあります。
管制官との意思疎通がないまま混雑空域に入るリスクを考慮し、「安全に着陸できない」と判断して元々の飛行計画通り福岡へ飛ぶことも、パイロットの適切な判断として認められます。
③目的地上空(飛行計画の終点)に待機方式が無い問題
かつてはVOR等の無線施設が飛行計画の終点(=目的地上空)であり、そこでホールディングして時間調整を行うのが一般的でした。
しかし現在のRNAVルートでは、ルートの終点が目的地上空ではなかったり、そこに待機方式(ホールディングパターン)が公示されていないケースが多く存在します。
「目的地上空を通らない場合はどこに向かえばよいか」「具体的にどこで待機すればよいのかが明確化されていない」という曖昧さが生じています。
④低視程(RVR550m等)でのライトガンの限界
ロスコム時は管制塔からの指向信号灯(ライトガン)で着陸許可(緑の不動光:”cleared to land”)を確認するのが古典的なルールです。
しかし、RVR 550mのような悪天候下では管制塔からのライトガンを目視することは不可能です。
現代の運航における現実的な解決策
現在の航空機には、VHF無線電話以外にも多彩なコミュニケーション手段が備わっています。
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ACARS(文字データ通信)
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CPDLC(データリンク管制通信)
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SATCOM(衛星電話)
VHF無線電話が不通になっても、ACARSを使ってカンパニー経由で管制に伝言を頼んだり、SATCOMでクリアランスをやり取りすることで、実質的にコミュニケーションを維持することが可能です。
まとめ
- 「故障」か「ヒューマンエラー」かの見極め(初期対応)
「SQUAWK 7600」に設定し関連手順に従う前に、自機の無線設定や状態に誤りがないかを冷静に確認することが先決です。 - 法律の原則とAIPの規定を押さえる
第206条、AIP ENRに基づく「ルート、高度・速度、降下開始時刻」の手順を正しく理解(暗記)しておくことが大前提。 - 安全最優先の総合的な状況判断
文字通りの規程適用だけでなく、混雑空域に突っ込むリスクや自機のバックアップ手段(SATCOM/CPDLC/ACARS等)を総合的に判断し、最も安全な航行を選択する判断が重要。
💡 口述審査でのアドバイス
口述審査では「条文通りの原則」を答えるだけでなく、「実際の運航で起こり得るヒューマンエラーの可能性」や「他のシステム(SATCOM/CPDLC/ACARS等)を使った現実的な代替手段」まで言及できると、実運用を見据えた説得力のある回答になります。